正確な血糖測定

  1. 正常血糖値は、70〜100mg/dL
  2. 血糖コントロールの異常は、インスリンの異常だけでなくグルカゴンの異常も関係している
  3. ヘマトクリット酸素分圧など血糖値の測定に影響する因子や動脈血・静脈血といった採血された検体にも注意が必要
  4. 血糖値20mg/dL以下が、6時間以上持続すると不可逆的脳障害が起こる

血糖測定は患者さんを診察する上で欠かせない検査項目です。今回は、ベッドサイドで測定できる血糖検査についてお話していきたいと思います。普段、患者さんのベッドサイドで何気なく行っている血糖検査ですが、本当にその血糖測定器で測定した血糖値が患者さんの正しい血糖値を示しているのでしょうか?

特に、低血糖のときには、血糖値の測定にさらなる正確性が求められます。低血糖のときに測定誤差が大きければ、その後の治療介入への影響も大きくなり、判断を見誤ると重篤な結果を招くことにもなりかねません。今回はそんなベッドサイドで使用する血糖測定の正確性について考えていきたいと思います。

血糖値の正常範囲は、空腹時血糖値で70-100 mg/dLとされています。空腹時血糖値100-109 mg/dLは正常ではありますが、“正常高値”とされ人間ドックで引っかかり、今後糖尿病となってしまう可能性があります。空腹時血糖値が、110-125 mg/dLとなると境界型と診断され糖負荷試験を受けたりしなければならなくなります。

糖尿病の診断基準のひとつとして、空腹時血糖 126 mg/dL以上、または食後2時間の血糖値200mg/dL以上があります。血糖値の異常に伴う臨床症状として最も恐ろしいのは意識障害でしょう。意識障害は低血糖でも高血糖でも起こり、血糖値600mg/dL以上となる高血糖では意識障害が起こりやすくなります。低血糖に伴う意識障害は何となく理解しやすいですが、高血糖、つまりブドウ糖がたっぷりとあるのに意識障害となるのは少し不思議ですよね。機序についてはまた別の項目でお話していきます。

血糖値の低下に対する身体の反応は、まず初めに血糖値が70〜110mg/dL( 3.9-6.1 mmol/L)の範囲となると、膵臓のβ細胞からのインスリンの分泌が抑制されます。インスリンは全身の細胞に分布しているインスリンレセプターに作用し、骨格筋などにあるGLUT4からの細胞内へグルコース流入を促進させることで血糖値を低下させます。血糖値が81mg/dL(=4.5mmol/L)以下となると、β細胞からのインスリン分泌が低下しはじめます。

血糖値が生理的範囲(68mg/dL=3.8mmol/L)よりわずかに低下すると、膵α細胞からグルカゴン分泌が、副腎髄質からエピネフリンの分泌増加がみられるようになります。グルカゴンは、血糖値が低下すると分泌が亢進し、血糖値を上昇させる抗低血糖ホルモンです。近年、このグルカゴンと糖尿病との深い関わりがわかってきています。糖尿病の発症にはインスリンの異常が関わっていることはもちろんですが、グルカゴンの分泌調節異常と糖尿病の関連が指摘されています。エピネフリン(アドレナリン)は、グルカゴンと同様に血糖値を上昇させ、末梢組織でのグルコース利用を抑制して血糖値を正常範囲に保つ作用があります。

グルカゴンは血糖値を上昇させるホルモンでしたが、糖尿病になると、高血糖時のグルカゴン分泌過剰、低血糖時のグルカゴン分泌不全がみられることがわかっています。つまり、血糖値が高値にも関わらず不適切にグルカゴンが分泌されて、さらに食後血糖値の上昇が起こり、反対に血糖値が低いにも関わらずグルカゴンが分泌されず、低血糖が長く続く遷延性低血糖などの異常が糖尿病の患者で確認されています。

さらに、グルカゴン/エピネフリンの刺激でも血糖値の低下が続き、血糖値がおおよそ54mg/dL(=3.0mmol/L)に低下すると、神経症状や自律神経症状が出現してきます。これら神経症状が出現してくると、“何か食べなさい!”という口からの摂取を促すように身体が反応してきます。

すぐに糖分を経口摂取できないときには、さらに血糖値が低下し、50mg/dL(=2.8mmol/L)前後となると機能的な脳障害がみられはじめます。具体的には、行動異常、けいれん、認知障害がみられます。こうなってくると、もはや自分では口から糖分を摂取することができなくなり、より一層状況が悪化してきます。血糖値が41〜49mg/dL(=2.3-2.7mmol/L)とさらに低くなると、意識がなくなり昏睡状態となることもあります。

これ以上はあまり経験したくありませんが、さらに血糖値の低下が進行してしまうと脳死状態となって、不可逆的な脳障害へと進行してしまう可能性があります。サルにおけるインスリン誘発性低血糖の研究では、神経学的障害が規則的な発症が、20 mg/dL (=1.1mmol/L)以下の低血糖が、5〜6時間持続したときにみられ、このときの平均血糖値は、13mg/dL(=0.7mmol/L)でした。この結果から考えると、ヒトにおいても20mg/dL以下の低血糖が、5〜6時間持続したときには不可逆的な脳障害がみられると考えられます。

臨床では、夜間の入眠時、低血糖による意識障害なのか、単に寝ているだけなのか評価が難しく、ICUでの鎮静剤使用時も同様に意識レベルの評価が難しいことがあります。ゆえに、低血糖発作の既往やインスリン加療中の糖尿病など低血糖のリスクが高い患者さんでは、血糖測定は6時間毎(1日4回)に評価するなど、低血糖による不可逆的な脳障害を起こさないように介入していく必要があります。

低血糖による不可逆的な脳障害や高血糖による意識障害などを予防するために、血糖値を測定する機器には高い精度・小さい誤差が求められます。ベッドサイドで血糖測定ができる機器には、簡易血糖測定器とICUや救急外来にある血液ガス分析機があります。

血糖測定の原理には、大きく分けて2つあり、1つは酵素電極法、もう一つは酵素比色法があります。血液を特定の酵素と反応させるところまでは同じですが、酵素電極法は酵素反応後の血液に電気を流しその通電量を測定し、酵素比色法は酵素反応後の血液に試験紙を浸し、色の変化によってそれぞれ血糖値を測定します。

これらの測定器による血糖測定は、様々な要因により影響を受けてしまいます。つまり、実際よりも血糖値が低く測定されたり、高く測定されたりしてしまうことが起こりえます。代表的な要因には下記のようなものがあります。

簡易血糖測定器では、グルコース以外の糖質であるガラクトースなどにも反応するため実際の値よりも高く測定されることがあります。つまり低血糖を見逃してしまう可能性もあり注意が必要です。またヘマトクリット(Ht)の影響も受けてしまいます。Ht値が高くなると、簡易血糖測定器による血糖値の測定結果が低く出てしまいます。

簡易血糖測定器による測定は、ICUでは酸素分圧の影響も大きく、酸素分圧が高いと血糖値が低くなってしまいます。ICUでは動脈ラインからの採血による血糖測定や、人工呼吸管理・酸素投与を受けていて酸素分圧が高い状況であることが多いため、血糖値が低値となってしまうこともよくみかけられます。

酵素電極法による簡易血糖測定器の使用時、採血部位にヨウ素を含む消毒剤(ポビドンヨード)が使用されていると、その消毒剤の影響により、実際より血糖値が高くなることが報告されており、採血部位にも注意が必要となります。この場合、実際は血糖値が低いにも関わらず偽高値となり結果が高くなってしまい、低血糖を見逃してしまう可能性があります。

血糖測定の正確性を調べた研究はいくつかありますが、代表的なものに院内の中央検査室の生化学分析器により測定された血糖値とベッドサイドで測定された血糖値を比較した研究があります。下図に結果を示しますが、グレーゾーンが許容される誤差範囲で、白い点が測定された血糖値となります。横軸のReference standardは中央検査室の血糖値となり、縦軸は、比較したときの誤差の大きさを示しています。結果から、ベッドサイドの簡易血糖測定器では、低血糖域の血糖値が高く測定され、誤差が大きくなっています。血液ガス分析器では、全ての領域でほぼ想定されている誤差範囲内で収まっています。

このとき用いられた採血は動脈血であり、酸素分圧が高いため比較的血糖値が低く測定されます。ベッドサイドの簡易血糖測定器は簡便で、測定時間も短く急性期医療において有用ですが、血糖値が4.5mmol/L(81mg/dL)以下の低血糖の範囲では、測定誤差がその後の治療に大きな影響を与えてしまいます。採血が、毛細血管血で行われたときにはさらに測定誤差が大きくなるとされています。動脈血、毛細血管血のいずれにおいても簡易血糖測定器による測定では、血糖値の測定誤差が大きく測定されてしまうため結果の評価には注意が必要です。

使用している測定機器の特徴や、採血された部位、ヘマトクリット、酸素分圧など結果に影響する要因を心に留めながら血糖値、特に低血糖を評価しなければなりません。測定に用いる血液は、動脈血なのか、毛細血管血なのか、測定毎に変えるのではなく、比較検討するときには同じところからの採血を用いて測定していく必要があります。

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