GLUTとSGLT グルコーストランスポーター

●グルコース輸送体には、GLUTとSGLTがある
●インスリンを介してグルコースを取り込むのは骨格筋にあるGLUT4
●脳にあるGLUT3はインスリンを介さずグルコースを取り込む。
●SGLT2阻害薬は、糖尿病の合併症に効果的

今回、血糖値を下げるシステムを担うグルコーストランスポーター、糖輸送体についてお話していきます。血糖値を下げると聞くと、まず思い浮かぶのはインスリンだと思います。以前、私自身、血糖値を下げるのは、ヒトの身体には、唯一の血糖値を下げるホルモンであるインスリンを介した血糖降下作用しかないと思っていました。その後、インスリン以外の血糖値を下げるシステムを知り、とても面白く感じられたため今回のブログのテーマにしました。

血糖値を下げる。つまり、血液中のグルコースを細胞内に取り込むためには細胞膜を通過しなければなりません。しかし、脂質で構成される細胞膜をグルコースが通過できないためグルコーストランスポーター/糖輸送体とよばれる膜タンパクが必要となります。

これら糖輸送体は、①細胞内外のグルコースの濃度差により取り込まれるグルコース輸送体(GLUT : glucose transporter)と、②Na/K/ATPaseによるナトリウム濃度勾配によりグルコースとナトリウムを一緒に細胞内に取り込むナトリウム/グルコース共輸送体(SGLT : sodium-glucose cotransporter)の2つがあります。GLUTの一部は、グルコースの取り込みにインスリンを必要としますが、SGLTはグルコースの取り込みにインスリンを必要としません。こうしてみると意外にインスリンを必要としない血糖値を下げるシステムが多いことに驚きます。

インスリンは、細胞表面のインスリン受容体に結合し、シグナルが出て細胞内にある小胞(GLUT4小胞)の中のGLUTを細胞表面に移動させます。細胞表面に移動したGLUTからブドウ糖が細胞内に取り込まれ、血糖値が低下します。

GLUTと言っても全てのサブタイプがグルコースの取り込みにインスリンを必要とする訳ではありません。筋肉や脂肪組織に存在するGLUT4はブドウ糖の取り込みにインスリンを必要としますが、他のタイプのGLUT1〜3では、ブドウ糖を細胞内に取り込むときにインスリンを必要としません。こうしてみると多くのGLUTはインスリンを必要としていないことがわかりますね。次の図にGLUTのサブタイプを示します。

グルコースの取り込みにインスリンを必要としないGLUTには、中枢神経系や赤血球に存在するGLUT 1やGLUT 3があります。中枢神経系、特に脳にある神経細胞は、利用できる唯一の栄養素(*ケトンも利用できます)であるグルコースの絶え間ない取り込みを必要とするため、インスリンのシグナルを待っていたら脳の複雑な働きには間に合いません。さらに、神経細胞に貯蔵されているグリコーゲンはわずか2分ほどしかもたないため、中枢神経系にはインスリンを介さない取り込みを行えるGLUTが、常に細胞膜表面に発現し、グルコースを持続的に取り込めるようになっています。

骨格筋や心筋に存在しているGLUT 4は、細胞内のGLUT4小胞にありインスリン刺激を受けて細胞表面に移動してきます。中枢神経系のGLUTが常に細胞表面に発現していたこととは異なっていますね。また、糖尿病のコントロールに運動が効果的であるのは、運動を行うことで骨格筋に存在するGLUT4の数が増えることが証明されており、血糖値を下げる効果が高まるからです。

また乳腺細胞に存在するGLUT1もインスリンを介さないグルコースの取り込みが行われます。乳腺細胞では取り込んだグルコースから乳糖を生合成するので、より多くの母乳(乳汁)を産生し分泌するためにはインスリンによるブドウ糖の取り込み制御がないほうがスムーズに行えるためとされています。

インスリンを介さないブドウ糖の取り込みが行われる主要な臓器として、網膜・腎臓・末梢神経があります。これらの臓器では糖尿病が長期間に及ぶと高血糖の影響を受けて、糖尿病性網膜症・糖尿病性腎症・糖尿病性神経障害といった合併症がみられるようになります。グルコースの取り込みにインスリンによるコントロールが無い分、高血糖の影響を受けやすくなってしまっていますね。

この合併症の中でも日常生活への影響が大きく、失明の原因にもなる糖尿病性網膜症についてお話していきます。

Diabetes Metab Res Rev. 1999 (PMID: 10495475) でGLUTと糖尿病性網膜症について詳細に報告されています。糖尿病患者では、網膜内腔表面の微小血管において非糖尿病患者と比べてGLUT1が20倍増加しており、これらGLUT1の増加が、網膜にある特定の微小血管で確認されています。糖尿病性網膜症の病理学的変化が局所的であることや、血液網膜関門(BRB: Blood retinal barrier) など限られた組織で病変がみられることと一致しています。糖尿病性網膜症の初期に網膜、特に内側血液網膜関門 (inner BRB) におけるGLUT1の発現が増加し、その結果生じたグルコース輸送の増加が、糖尿病後期に見られる網膜の病的変化の進行に関与していることが示唆されています。

このようにGLUTはサブタイプにより存在する組織や局在も異なります。中枢神経系や乳腺などグルコースを必須とする組織ではインスリンを介さず働くなど理にかなう機構を備えています。一方で、GLUTの増加に伴う細胞内グルコースの上昇は糖尿病の合併症の発症に寄与しています。

もうひとつのグルコース輸送を行うナトリウム/グルコース共輸送体 SGLTにも様々なサブタイプがあります。代表的なものは、腎臓の近位尿細管に存在するSGLT1、SGLT2となります。腎臓の糸球体では正常な糸球体濾過量(180L/日)と正常な血糖値(100mg/dL前後)のとき、毎日180g/日のグルコースが濾過され、そのほとんどが近位尿細管で再吸収されます。このグルコースの再吸収は近位尿細管に存在するSGLT1とSGLT2を介して行われ、SGLT2が約80〜90%、SGLT1が約10〜20%のグルコースを再吸収しています。

尿中のグルコースはSGLTにより全て再吸収されますが、血糖値が180mg/dLを超えてくるとSGLTの再吸収閾値を超えてしまうため、再吸収されずに尿にグルコースが排泄されるようになり尿糖が陽性となります。この尿糖陽性となる血糖値170〜180 mg/dLは、血糖管理の重要なポイントとなります。

先ずは各国の栄養ガイドラインの目標血糖値をみてみましょう。

アメリカ(PMID: 26773077)、ヨーロッパ(PMID: 30348463)それぞれの栄養ガイドラインでは、急性期医療の血糖値目標の上限が、180 mg/dLと設定されています。180mg/dLという血糖値、先程お話したように尿糖陽性となる血糖値ですね。SGLTのグルコース再吸収能力を超えない範囲での血糖管理を行う必要があるとも言えます。JSPENの目標血糖値は幅がありますが、急性期医療では低血糖を避けたいという想いもあり、Van der BergeらのIntensive Insulin TherapyいわゆるIITの厳格な血糖管理群の目標血糖値 80〜110mg/dLでは低血糖の頻度が高かったことから、比較的緩やかな管理となっています。アメリカ集中治療医学会の下限は150mg/dLとASPENの140mg/dLよりもさらに高くなっていますね。集中治療をしていると低血糖は本当に避けたい病態なのでSCCMの下限を少し高くしているのは共感できます。

近年、2型糖尿病の治療薬としてSGLT2阻害剤が臨床で使用されるようになりました。血糖値を下げる効果はもちろんなのですが、血圧を下げる効果も併せもつことがわかっています。American Diabetes Association(ADA)は、2020年に新たに血糖降下薬SGLT2阻害薬を慢性心不全の治療薬の第一選択薬のひとつとしました。

前述したようにGLUTは糖尿病性網膜症の悪化に寄与している可能性がありましたが、SGLTもGLUTと同様に糖尿病性網膜症への関与が示唆されています。SGLTを介したNa依存性グルコースの過度な細胞内流入は、周皮細胞(pericyte:血管構造を維持)の腫脹や破綻、網膜の過灌流を引き起こし、結果的に血液網膜関門と網膜の微小血管が破綻することで糖尿病性網膜症を悪化させてしまいます。また網膜では高血糖により細胞外マトリックス(フィブロネクチン、コラーゲンⅣなど)の過剰な発現が起こり、微小血管の閉塞を招いてしまいます。SGLT2阻害薬はこれらの変化を抑制することで糖尿病性網膜症への進展あるいは悪化を抑えています。

臨床では16カ国、311施設でSGLT2阻害剤の降圧効果に対する臨床試験が行われました(PMID: 26620248)。結果、収縮期血圧が平均11.9mmHg低下(SBP -11.9mmHg, 95%CI -13.97 to -9.82)させることができ、他の一般的な降圧薬との併用でさらに良い降圧効果を示しています。またHbA1cも同様に改善効果を示しました(HbA1c -0.63%, 95%CI -0.76 to -0.50)

SGLT2阻害薬は、治療開始後最初の1週間で空腹時血糖値が約1.5mmol/L(27mg/dL)低下し、HbA1cも約1.5%低下が得られるとされ、メトホルミン(経口糖尿病薬) 2000mg/日と同等の効果があるとされています。下図に、HbA1c低下・血糖値低下・血圧低下などの治療効果が、糖尿病性合併症にどのぐらい影響するかをお示します。

食事の見直しや運動、血糖降下薬の使用など種々の治療オプションを組み合わせて血糖値を適切に管理することで、血糖値や、HbA1c、血圧を改善させると糖尿病性網膜症などの合併症リスクを減らすことができることがわかると思います。血糖値が下がる機序全てにインスリンが関与しているのではなく、インスリンを必要となしないGLUTやSGLTといったグルコーストランスポーターによるグルコースの取り込み機序も身体にとっては大切です。

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